御祭神・御由緒

六手八幡神社について

六手八幡神社について

御祭神

  • 誉田別命ほんだわけのみこと(応神天皇)
  • 息長帯姫命おきながたらしひめのみこと(神功皇后)
  • 並びに郷土開拓の祖神

相殿神

  • 天満宮(京都・北野天満宮)
    菅原道真公すがわらみちざねこう
  • 八雲の神(京都・八坂神社)
    素戔嗚尊すさのおのみこと
  • 春日の神(奈良・春日大社)
    武甕槌命たけみかづちのみこと
    経津主命ふつぬしのみこと
    天児屋根命あまのこやねのみこと
    比売神ひめのかみ
  • 龍田の神(奈良・龍田大社)
    天御柱大神あまのみはしらのおおかみ
    国御柱大神くにのみはしらのおおかみ
  • 日枝の神(滋賀・日吉大社)
    大山咋神おおやまくいのかみ
    大己貴命おおなむちのかみ
  • 諏訪の神(長野・諏訪大社)
    建御名方命たけみなかたのみこと
    八坂刀売命やさかとめのみこと
  • 大山祇の神(愛媛・大山祇神社)
    大山積神おおやまつみかみ
  • 津島の神(愛知・津島神社)
    建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと
  • 香取の神(千葉・香取神宮)
    経津主命ふつぬしのみこと
  • 鹿島の神(茨城・鹿島神宮)
    武甕槌大神たけみかづちのおおかみ
神々の功徳・威徳

御神徳

御祭神の誉田別命(応神天皇)・息長帯姫命(神功皇后)は、国家鎮護の神、学問や農業、商工業の守護神として崇敬されております。また、神功皇后と応神天皇は母子のご関係にあり、子育ての神としても信仰され、人生儀礼や年中行事、家内安全や交通安全、商売繁盛など折々の祈願、生活を支えお守り下さる大神さまとして多くの方々から厚い崇敬を集めております。

誉田別命ほんだわけのみこと

国の基礎を固めるため、大陸の進んだ技術や優れた文化を取り入れ、日本文化の興隆を図られた事績があり、殖産興業(治山治水・学問・漁猟・商工・土木建築・交通運輸・縫製・紡績)その他の途や、衣食住等人間生活の根源を開発指導された文化の生みの親神であると同時に、武の道をつかさどる神としても世に名高く、事業繁栄・必勝・家内安全・学問・厄除、交通安全等の御神徳が仰がれています。

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息長帯姫命おきながたらしひめのみこと

神功皇后の御活躍によって、三韓征伐を成し遂げられました。そのため、受験や就職活動、スポーツなどに打ち勝つための御神徳を戴けると云われています。また、数々の逸話を持つ強き聖母としても知られ、 家庭円満の神であり、子宝・安産・子育ての御神徳が仰がれています。

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郷土草創きょうどそうそう祖神そしん

本社背後にある6世紀から7世紀にかけて築かれとされる古墳の被葬者で六手集落草創の祖神と伝えられる。農地の開拓や集落の形成に尽力し、六手地区の繁栄を支えたとされています。

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相殿あいどのに祀る神々

かつては境内に十社の小祠がありましたが、昭和57年5月の改築より本社本殿内に相殿を設けて祀っております。国家鎮護、産業、厄除、学問神等の神々を此処にお祀りしています。

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六手と八幡神社の由来

御由緒

上総六手かずさむて 八幡神社はちまんじんじゃの 齋庭邊ゆにわべ
鶴舞つるまいあそぶ 神代かみよなるかも歌人 長岡千尋

古代房総における土着の豪族「悪縷王あくるおう」は、またの名を「六手王むておう」と言い、当神社を祀る六手の地から発祥したと伝えられています。大和朝廷の勢力が東国に及んだ古墳時代の初期には、六手集落も既に形成され、この地方の開拓が進んでいたと言われます。国家建設の犠牲となった悪樓王の霊魂を鎮めるために鹿野山かのうざんに霊場ができ、やがて神野寺じんやじが創建され、この寺院の本尊として祀る「軍茶利明王ぐんだりみょうおう」は、悪縷王の化身(神格化された姿)であるとして信仰を集めるなど、この地方には数々の開拓発祥の伝承が残されています。

当八幡神社は、上古における須恵国すえのくに(後の上総国周准郡かずさのくにすえぐん)六手集落草創の祖神を祀ると伝えられ、小糸川に接する台地上の古墳遺跡群の中に鎮座しています。本社の背後には四基の円墳をはじめ、周辺には多くの古墳や遺跡が存在します。

鎌倉時代に至って、この地方に八幡信仰が伝播すると、第15代応神天皇である誉田別命ほんだわけのみこと(応神天皇)、息長帯姫命おきながたらしひめのみこと(神功皇后)を主神として祀り、社号を「鶴舞八幡宮つるまいはちまんぐう」と命名しました。その後、郷民の尊崇が篤く、代々の領主が年々御供米を献ずるなど、崇敬の誠を捧げたと伝えられています。また、江戸時代には、盛んに祭が行われ、神輿の渡御、神馬の奉納(馬出し祭)、社頭市場の開設などがあり、今日尚、神明渡、鳥居田、神輿塚、ろうそく田、市場、大馬場、馬出し道などの地名が残り、当時の面影を伝えています。

明治に至り、社号を「八幡神社」と改称し、大正15年には千葉県による幣帛供進指定神社へいはくきょうしんしていじんじゃとなり、旧周南村一円を始めとする近郷の篤い崇敬を受け、今日に至っています。古来より多くの古儀や祭典が継承され、四季の祭事には君津市指定の無形民俗文化財「六手の神楽ばやし」が演じられるなど、この地方の由緒ある神社として知られています。

社殿と建造物

御鎮座以来いくたびかの造改築を経て、 昭和57年に本殿、拝殿、神庫、手水舎の新改築を施工し、平成元年社頭整備を興し境内の拡張を図り、壱の鳥居及駐車場を設けました。そして、平成7年に至り社務所の改築に伴い「参集殿」を建設し、内部に「祖霊社」を設けて集落開拓の神々を始め、氏子、崇敬者(神道)宅の祖先累代の霊を祀り今日に至ります。切妻造で平入の社殿が前後2つにつながっており、入口のある外殿と奥側の内殿の2つからなる八幡造となっております。

六手の神楽ばやし

[君津市指定無形文化財]

江戸の祭りばやしの系統を引き、江戸時代中期の安永年間(1772~1781年)の頃から伝わりました。新囃子・宮昇殿・神田丸・道中ばやし等の曲目があり、当神社の各祭典で奉納されています。 昭和45年(1970年)に君津市の「無形文化財」に指定されています。

祭典・行事

六手八幡神社の年間祭事

  • 元旦
    元旦祭
  • 一月
    成人報告祭
  • 二月
    節分祭・ドンド焼
  • 四月
    春まつり
  • 七月
    虫送り
  • 八月
    神道宗門祖霊祭
  • 九月
    風まつり・例大祭
  • 十一月
    七五三参拝・新嘗祭
  • 十二月
    星まつり